ごろ太三昧

(雑種猫ごろ太の乳母日傘な日々)

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ホトトギス感傷

 ヒトと暮らして齢を重ねると、何やら猫も処世に長けてくるらしい。
ニンゲンがすることを真似てみたり、或いはわざわざヒトを呼び付けて用事をやらせるようになり、蛇口から流れる水を飲んだり寒ければストーブ暑ければ扇風機の真ん前を陣取り、いつの間にやらこちらの文化に溶け込んで家族の顔して猫は生きている。

 お江戸の頃には「自分で戸を開けるようになったら化け猫」などと謂われていたそうであるが、先代猫のペンスケは若い頃から開けたい扉は自分の前足で開けていた。
引き戸限定ではあったがなにしろ実家は引き戸の多い家だから、廊下と居間とを隔てる戸やら風呂場の戸やら勝手に開けては行き来して、押入れの襖を開けては黴臭い茶箱の上で昼寝をし、ひいては窓という窓を開けて脱走まで図ったものであった。

彼の仕業と判るのはどの戸もどの戸も猫一匹が通れる分だけ開いたままだから。
つまり閉める方を気に病まなくて良しとするのであれば、彼は当時からかなりな化け猫に達していたというワケである。

091017-5.jpg
この調子ならいずれ、ついと二本の足で立ち上がり手拭い被って「猫じゃ猫じゃとおっしゃいますが・・・」と謡い踊るに違いないと密かに楽しみにしていたものである。

 ところがある日どこかから彼の鳴き声がする。向こう三軒両隣どころか50メートル先の曲がり角を曲がっても聞こえそうな大音量。その上どうも家の外で鳴いているようだと声の出所を探していると、縁側の雨戸の戸袋の上で大きな身体をぎゅうっとすくめて、あらん限りの大声出してペンスケ爺が鳴いている。
どうやら二階の窓からベランダに出て脱走を企てたつもりであったのが、歳を取ったか戸袋から庭に飛び降りられず行くも戻るもできなくなったらしいのだ。脚立を上って迎えに行くと普段は決して抱かれぬ猫が憮然とした顔で腕に抱かれて救出劇は終わったが、その日を境に彼は脱走を諦めてしまったようであったことが誠に不憫に感じられた。

091017-2.jpg

 それから何年かが過ぎ、十七歳になった彼は悪化した腎不全が余程しんどかったのか、化けることも忘れ呆気なく、この世の果ての大川を渡り彼の岸へと逝ってしまった。
最期にひとめ会いたいと急いで駆けて行ったのに、たった200メートル足らずの距離を彼は待っていてはくれなかった。なんと薄情な猫であろうか。

僅か何十秒に間に合わず骸となった身体に触れるとついさっきまで息が通っていた温もりだけが残されていて、もしやむっくり起き上がるのではなかろうかと何度も何度も撫でてはみたが、微かな期待と裏腹に触れるたび冷たくなってゆくばかりだった。
もはや彼ではないのだと知りながら、母とふたりで魂の抜けた猫の身体をきれいに拭いてタオルを敷いた箱に入れた。

091017-4.jpgある程の 菊抛げ入れよ 棺の中

漱石の詠んだ句がふいに胸に浮かんで雨のそぼ降る庭に出た。何か手向けの花はないかと見回したのだが、目に付くものは湿った枯草ばかりである。立枯草をかきわけてやっとみつけた花といったら暗い色してうらぶれたようなホトトギスだけであった。

赤紫の斑の入った奇妙な形の秋の花。その斑が、夏の初めに訪れて黄昏どきにキョキョキョと頓狂な声を立てる杜鵑の腹の模様に似ているとつけられた、杜鵑草という名前。
あるだけ手折って箱に入れてもなんとも侘しい手向け花。猫にはもう見えぬのだからと思う自分の気持ちまでさもしく寒かった。

 冷え込んで肩をすくめるように歩いた帰りの夜道は雨上がり。長雨が上がったことすら恨めしく、猫又になるという約束はどうしたのだ、謡も踊りも披露せぬままいなくなるとはあんまり非道いじゃないかと、まだ濡れて黒々としたアスファルトを睨みつけながら角を曲がると明るいものが目に飛び込んで来た。
雨雲切れて晴れ渡った空から、困惑したような笑顔で十六夜の満月がこちらをみつめている。澄んだ空気を渡って来るその光は真っ直ぐで息を飲むほど美しかった。
ペンスケがその生涯を閉じたのは枯草ばかりで花もない侘しい季節ではなかったのだ。夏の間に青々と茂り花も実もつけ今年の務めを終えた命が、また来る春への希望に満ち満ちて静かに眠りにつく季節なのだ。空を仰げば黄金の月も満足そうに満ちている。
もっとよく見ようと瞼を擦ると滲んで歪んでいたその形が光り輝く見事な丸い盆になり、腫れて熱を持った瞼にひんやり静かに沁み込んだ。

晩秋の和らかく冷たき月の光は窓辺に置かれた猫の骸の上にも注いでいたのであろう。病で思うように動かなくなった重たい身体を抜け出して、金色の光に導かれ魂だけの身軽な姿で、私の未だ見ぬ彼の岸へと小躍りしながら猫は渡っていったのだ。そこはどんなところであろうか。好物だった鮪の赤身をお腹一杯食べられるであろうか。

091017-3.jpg

 ところでずいぶん経ってからホトトギスという鳥の名の別の当て字を知った時、期せずしてこみ上げて来る嗚咽を抑えるのに往生した。

当てられたその文字は『不如帰』。‘帰るに如かず’という意味を持っている。



*2005年の今日は先代猫の命日でした。




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COMMENT

きりっとしたお顔だち、
その利発さが、とても表情に表れていますね。

薄皮饅頭さんとの絆の深さを感じました。
そして今でもこうして、ペンスケちゃんと繋がっていらっしゃる。
幸せですね、ペンスケちゃん。

文面にあふれる優しさに、涙がこぼれてしまいました。

10月17日。
ちょうど今頃は、山野には女郎花が揺れ、庭先では秋桜が。
草原や道端では狗尾草が穂先を垂れて。
綺麗な時季ですね。

| りっぽ | 2009/10/17 22:10 | URL |

ホトトギス
私も好きです。
こんな地味な花がなんで好きなのか自分でも不思議なんですが・・・・

信州の高原に里子に行ったタマが今腎臓疾患で闘病中です。
今12歳だからせめてベンスケちゃんのように17歳まではがんばって欲しい。
里親の長男も私も覚悟はしています。
でも
どうせ死ぬなら雪深いこれからではなく
高原に山野草の花の咲く時期であって欲しい。
そしたらタマの遊んだ高原の花を手向けることが出来るから・・・・

| 多摩子 | 2009/10/18 00:44 | URL | ≫ EDIT

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| | 2009/10/18 09:02 | |

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| | 2009/10/18 11:54 | |

りっぽさん
 ペンスケはホントに聞かない猫でした(苦笑)。
 ヒトにべたべたくっつかず自分のことは自分でやって、手のかからない
 猫だったけど撫でることすらままならぬ(^^;)。
 猫を飼っているくせして「ああ、猫に触りた~い」と、いつも思って
 いましたよ。ごろ太とは真反対の猫だったなぁ・・・。

 ヒトの顔見りゃ「なんかイヤなことするでしょ!」と警戒ばかりした
 ビビリ猫は、ひとたび外に出ると威張りん坊の猛者だったようデス。
 彼の亡き後、それまで寄りつきもしなかった野良猫たちが来ること
 来ること(笑)。

 それでも、ワタシにとってはホントにカワイイ奴でした。
 彼のオモシロイ話がいっぱいあるのに、なんだか湿っぽい話になって
 しまってちょっと恐縮。次の命日には楽しい話をしたいです。
 来年のことを言うと鬼が笑うんでしたっけ、ふふふ。




多摩子さん
 タマちゃんの記事、拝見していましたよ。
 たった2年の間に、猫の身体の中では色々なことが起こってしまって
 いたのでしょうね。

 でも、先代猫は仔猫の頃に去勢手術を受けたきり、病院には連れて
 行きませんでした。凶暴で連れて行かれなかったんデス(苦笑)。
 だから何でも後手後手にまわってしまい、もしかしたら寿命よりも早く
 死なせてしまったかもしれないと、時々思います。
 タマちゃんはおそらく早いうちにお医者さんにかかることができたから
 きっとまだまだがんばってくれることでしょう!

 水ばかり飲むのは喉が渇くから。いくら飲んでも身体がうまく水分を
 吸収しづらくなっているのでしょうね。
 オウチに帰って体力回復して、お水をうまく代謝できるようになると
 いいですね。ゴハンも、早く食べられるようになるといいなぁ。
 外が雪でも暖かな家で、おいしいものをたくさん食べさせてあげたい
 ですね。
 長生きするかどうかということと、猫がホントにシヤワセかどうかと
 いうことは別のこと。そうはわかっているけれど、一緒に暮らす者は
 1日でも長く一緒にいたいものですよね。たとえ化け猫になっても。

 ホトトギス、実はあんまりスキじゃなかったんデス。ゴメンナサイ!
 けれど先代猫の手向けの花となってしまってからは、好き嫌いを超え
 た特別な花となってしまいました。

| 薄皮饅頭 | 2009/10/18 21:08 | URL |

家の先代も17歳で逝きました。 私の目の前で。 
それでも、あれもこれももっとしてやれたのではと、後悔は残ります。でも、自分で決めて逝った様にも思えます。
拝読して、泣きました。

| REI | 2009/12/07 20:31 | URL | ≫ EDIT















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