ごろ太三昧

(雑種猫ごろ太の乳母日傘な日々)

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拗ね猫試行錯誤


坊ちゃん?ご機嫌いかが?


(ボク別に拗ねてないのに・・・)


「まぁまぁデスよ」


「乳母も見に来たことだし」


「そんなに言うなら」


「じゃぁチョット・・・」


「お願いシマス!」



何かに夢中になってうっかり坊ちゃんの存在を忘れても昨日のようにテーブルの端でドロドロした怨念を背負って座っているうちはまだ大丈夫。
しかしそれでもなお気づかずに放置すると、彼は姿を消す。姿を消すと言っても大抵は同じテーブルの下に居るであるが、おそらく自分が居なくなったことに気づいてもらおうという一種の隠れんぼなのであろう。

こちらは隠れんぼどころではないのだから、隠れたことに気づけと言われても困る。ついでに探しに行かなかったからと待ちくたびれてテーブルの下で地縛霊のようになってドンヨリ拗ねられたり、紙袋に篭もられるのも大変に困る。
乳母が困りたくない一心で定期的にテーブルの上と下をチェックするようになれば、そこを逆手に取って拗ねる拗ねないに関わらずテーブル下で待てば良いのだと気づいたごろ太。
姿が見えないので慌てて覗き込むとテーブルの下で涼しい顔をしているではないか(笑)。
それならよかったと席に戻ろうとするとすかさず出て来て、せっかくだから腰パンしていけとばかりにこちらに向けられたオシリには、最早逆らう余地はない。

ワタシが幾らヒマで阿呆な乳母だからと言っても、ゴハンの椀子喰いにしても腰パンにしてもその他諸々にしても、ごろ太のほうから要求して来た折には「今はどうしてもできません」と辛抱していただくことだって、実はちゃんとある(!)。
これは「いつも願望が100パーセント叶うのは精神衛生に却って良くないのではないか」という考えのもと、状況に応じて3~5回に1回は意識して叶えないというのが理由のひとつ。
もうひとつの理由は、本気で切羽詰っていて文字通りできないからである(笑)。

しかし、どんなに切羽詰まっていても絶対に断ってはイカンと決めている状況がある。

 ● ごろ太が鳴いて訴えたとき
 ● こちらから声を掛けたり呼んだりしたとき

がそれである。
鳴いて訴えたごろ太に逆らえないのは、彼が仔時代声が出ないのかと心配になったほど鳴かないであったから。空腹を訴えるときだけは辛うじて鳴いたので声は出るのだと判ったのだが、鈍いニンゲンと暮らす以上ジーッと見詰めるだけでは気づいてもらえないことも多多あるワケだからして、自発的に鳴き声を使って喋っていただきたいと常々思っている。
そのために何かにつけ話しかけては「~~だもんね、ゴロ」と彼に呼びかけ、或いはどんなに熱い視線を注がれても声を出すまで気づかぬフリなんぞしてみたりするうち、彼は少しずつお喋りするになって来ているのである。
こうなるまでに苦労したのにせっかく鳴いているところを無視したことで「鳴いてもイイコトナイ」と彼に思われてしまっては元の木阿弥。だから彼の鳴き声は我が家では最強のリーサルウェポンなのである。

ふたつめの理由は、こちらから声を掛けたり呼んだりしておいて、それに応えたに知らん顔をするということをもしも繰り返し行ってしまったら、はこちらの呼びかけを無視するようになってしまうに違いないから。
呼びかけたときに応えたら必ずいいことが起こらなければイカンのである。
そういうことを抜きにしても、呼んでおいて知らん顔するというのは相手に対して失礼だという気持ちもあるので、とにかくうっかり声をかけてしまったら責任を持たねばならないのだ。
・・・何事においても一貫性を保つというのはタイヘンなものなのである(^^;)。


ところでこの腰パン、その場で眠りに落ちるまで止められないというのが基本なのだが、拗ね気味のときには過剰に要求されるので、猫のオシリをトントンたたくために一緒に硬い床に座るワタシは最近坐骨のところに痣が出来ているんじゃないかと思うことがある(^^;)。
そんな乳母のオシリの事情を知ってか知らずか、この夏ごろ太は新たな腰パンスタイルを開拓した。散歩を終えるといつも温タオルで全身を拭くのだが、拭かれた後文句をタレながらもそのまま膝の上に居座ってオシリをたたかせる、というのがそれ(笑)。


「ボクはまだ降りマセンよ」


ハイハイ、腰パンですね


「むむむーん・・・」


「なかなかヨシ」


「イイ気持ちデス」


「寝たフリしちゃおうっと」


ソファの上なので乳母のオシリの痣の心配は要らないのだが、この膝の上で寝てしまうというのは実は非常に困った状態。なぜならごろ太の散歩が終わったらワタシは夕餉の支度をせねばならないから。
そしてごろ太のゴハンの支度もそこに含まれているというのに、彼は知らん顔して膝の上で(おそらくこの場合は)狸寝入りを決め込む。わざとに違いない!と毎回思うのである。

けれども幸いなことに(写真を見てもお判りのように)ごろ太にとってワタシの揃えた膝の上は窮屈。そう長いこと寛いでいられないらしく、30分もすれば自ら降りていってくれる。
コレをやられるのは大抵甘え足りない日。こんなことで満足するならば30分くらい膝をお貸ししましょうと思ってしまう阿呆な乳母と甘えん坊のマザコン猫は、日々こうしてお互いを切磋琢磨しているのである(笑)。






【蛇足的無駄話】
猫が拗ねるのかどうか、本当のところはワタシには解からない。
拗ねること以外にも、様々な状況において猫は「ニンゲンであればこう感じているに違いない」と思うような表情や仕草を見せてくれるが、それが本当に自分が推測している通りであるのかどうかも、やはり解からない。

解からないなりにも「猫には感情などない」と言い切れないのは、彼らがとても表情豊かだからなのだが、感情があって欲しいという願望が自分の中にあるということは否めない。
そういうことを踏まえた上でもやっぱり、科学的根拠はどうあれ、おそらく猫(犬)たちにはかなり高度な感情があると彼らとの触れ合いの中で感じることは多多ある。
だからこそ、彼らの表情の端々まで観察しては「こう思っているに違いない、うしゃしゃ」などと面白がって記事を書いたりしているワケなのだが、ひとつだけとても気をつけていることがある。それは猫を自分の都合のいいように擬人化しないということ。

ニンゲンの言葉で言えば、うれしい, かなしい, たのしい, おもしろい, つまらない, さびしい, くやしい, すき, きらいなどを猫はたしかに感じているように思える。
それらの感情はニンゲンよりもずっと無意識的で端的かつ単純かつ純粋なもので、それぞれの区別もあまりないように思える。でも、場当たり的に表現してみたことでニンゲンが構ってくれる(あるいはその逆)というような結果を得れば、学習によって次からは計算された行動を取ったりするその試行錯誤の様子が、また面白い。

面白いから面白可笑しく文章にしようとすると結局ニンゲンの言葉で表すしかないのだけれど、それは猫という生き物への理解を深めたいからなのだということを忘れないようにしようといつも思っている。
そもそもニンゲンと違う動物を擬人化するというのはシツレイな話だし、猫とニンゲンでは求めるものも表現方法も違うはずなのだ。
猫は彼らなりに自分やまわりの世界を把握して、色々なことを感じたり考えたりして生きている。種の異なる我々との違いをさらりと受け止めながら、何かを伝えたりこちらの言うことを理解しようと試行錯誤している。そういう彼らのアタマの中を理解しようとすることと、自分がこう思っていて欲しいという願望とをいっしょくたにしてはイカンのだ。
愛情というのは溺れたり溺れさせたりするために使うものではない。

そんな考えのもと、猫の身体のつくりや種としての性質やら生態やら行動学などについて調べたり、ごろ太をはじめとする身の回りの猫の行動を時間をかけて観察したりして、彼らの心理を推測するときにはできるだけ私情を挟まずに冷静に考えようとしている次第。
推測したことが間違っていないかどうかは、同じ条件を作ったら同じ行動を取るのかどうかとか、条件を変えたら猫がどうするのかなどと、場当たり的にではあるがこちらも試行錯誤して何度も確かめることにしているのだが、客観的というのはむずかしいとしみじみ。
これは感覚的なものなので勘違いかもしれないが、猫とニンゲンがお互いに試行錯誤するうちに心が通じ合ったと実感する瞬間があって、そういうときはとってもウレシイ。
でももしもうっかりマチガイを犯して思い込みによる危険な擬人化をしてしまっていることがあったら、後生だから哀れな猫乳母を助けると思ってどうかご一報くださいませ(笑)!

もちろん擬人化が危険な域に達していない場合には、ごろ太が自分の要求や感情を伝えるために試行錯誤している様子と、それに振り回される中年オンナの哀愁を、どうぞ存分に面白がってくださいませ(^^;)!

巻物御免!!





【お詫び】
現在、コメントへのお返事はできる範囲でですが翌日の記事の最後でしています。
コメントのお返しもできたりできなかったり、できなかったりしてます(^^;)。
それでも、とコメントくださる方、嬉しくありがたく拝読させて頂きます。

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*ごろ太は本気で飢えたことがないからかあまり食べ物に執着がなく、食べさせるがための苦労を
  ずいぶんと強いられたので、実は彼とのゴハン問題は結構根深いです。ははは。
  甘えが食べるものに向きやすいタイプらしく、それは仔猫気分が抜けない彼にとって食べ物をねだる
  ことと甘えることが直結しているからではないかと思うこともしばしば。

  椀子喰いとかひとつぶ喰いとか、正直言ってメンドクサイですよ!
  ワタシだって気分の悪い日もあるし、忙しいときには苛苛してしまうことだってあるのだー。
  でもね、苛苛しながら椀子喰いさせるとごろ太は苛苛を感じ取って怖気たりするので、ちっとも甘え
  たことにならず、そうなるとお互いのためにならん、とある日気づいたのでした(^^;)。
  だから、そういうときには自分も一休みして気持ちをゆったりさせる時間なのだと思うことにして、
  どうせなら楽しくやろう!とメンドクサイときでも楽しくお仕えさせていただいてまーす。
  なにゆえ彼はそういう要求をするのだ?と考えると楽しくなっちゃうことのほうが多いのかも?

  それに仏頂面でカリカリを口に入れてもらいながら、実は大音量でゴロゴロ言ってたりするから、
  ウレシイんだね?って思うとまぁいいか~ってヘラヘラしちゃうのだ。
  その自分のばかさ加減もまた可笑しくて、結局ヘラヘラと笑いながら猫にお仕えしているという次第。
  世話を焼いてるつもりでいるけど、ホントは猫にシヤワセを分けてもらっているのかもですね。



  昨日の記事のコメントへの個別のお返事、ありまーす。
  しかし調子にのって巻き物書いたのでそろそろやばいかも・・・。次のお返事は休むかも(^^;)?

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拗ね猫食事作法


坊ちゃん、どうしました?


「ア、やっとコッチ向いた」


「乳母、ボクは・・・」


「ゴハン食べマスッ!」


「ゴハン~!ゴハン~!」


「ゴハン~!ゴハン~!」


「・・・ココに持ッテ来イ!」


「ヨシ、椀子で食べるゾ」


「ふむふむ」


「やっぱりゴハンは」


「椀子に限るナ」


さて、7月下旬から断続的ぎうぎうに見舞われていたワタシだが、真冬に多忙になった折に坊ちゃんが大変拗ねてしんどい思いをした教訓を忘れてはいなかった。
忘れてはいなかったが初夏の頃にも一度拗ねさせてしまい、涎でねろねろになるまで毛繕いした姿で最後通告されたし、今月の初めには紙袋に篭城もされた。
多少の辛抱はしていただかなければならないがひどく拗ねることのないよう最新の注意を払い、忙しくとも可能な限り時間をつくって坊ちゃんのお相手を務めたために、睡眠時間は限界まで削られ仕事もなかなか捗らなかったという次第である(笑)。

兎にも角にも彼は拗ねさせたら天下一品。本格的に拗ねずとも、ひとりなら自分でお皿から食べるはずのゴハンを乳母に持たせて侍らせて営業妨害するくらいお手の物である。
ゴハンを食べると言えば構ってもらえると知っている彼。拗ねも職人の域に達してきたこの頃では、パソコンに向かっているワタシの背後ではなく、斜め後でギリギリ視界に入りそうなテーブルの上にあがって静かにお控えあそばす。
ふと目に入った坊ちゃんの姿に慌てて声をかけると、気づいてもらえたうれしさに目を真ん丸にして「ゴハン食べマス」と彼は言う。

ゴハンなら何時間も前からいつもの場所に出してあるのだから勝手に食べればいいのに、やれやれと乳母がゴハンのお皿を持ち上げるとゴハンゴハンとヨロコビの爪先立ち歩きでテーブルの前を往ったり来たりした挙げ句、わざわざいちばん離れたところで持って来いとエラそうに横たわる。召し上がるときは勿論手皿から椀子喰いである。
(最近は食べもしないのにゴハンと騒いでヒトを呼びつけるという高度な技も習得)
しかも少しでもヒトを引き止めようと思うのか、何度か椀子喰いをした後に今度はひと粒ずつ口まで運べとのたまうのである。
早いとこご満足いただき開放されたい切羽詰った乳母はひたすら言いなりである(^^;)。



「でも、いつまでも椀子だけじゃダメデス」


「ひとつぶずつ口に運べ!」


彼をこんなオトコにしてしまったのは他でもない過保護な乳母なのであるが、しかしワタシは知っている!もしも留守にして居なければ彼は当然のように自分でお皿からゴハンを食するのである。メンドウな手順を踏むのはひとえに甘えの表れ。もしもひたすら知らん顔していれば、いずれ自分でもそもそと食べて、やがてはゴハン食べるといちいち言いに来なくなるのであろう。

しかしそれでは彼の甘えたい気持ちは満たされぬままになってしまう。甘えたいときに甘えようとするのはそれだけこちらに期待してくれているからこそ。
たとえお天気の悪いことや木の字が現れないことをワタシのせいにされようと、甘えん坊な坊ちゃんにいつまでも期待してもらって母と慕っていただきたい。それにゴハンにつき合うくらいで彼の甘えたい気持ちが満たされるのであれば大した苦労でもないじゃないか、などと思う阿呆な乳母は、甘えているのは百も承知で負けるが勝ちと呟きながら今日もせっせとの口にカリカリを押し込むのである(笑)。

実はごろ太は歯肉炎の按配が良くない(口の中が痛い)ときも、ああでもない 
こうでもないとゴハン食べながらあれこれ注文をつけるということが最近判明。
泌尿器疾患のが粗相してしまうのは排尿のときの不快感をトイレ(場所)の 
せいだと勘違いしているからだと聞くが、それに似たような感じで「ゴハン食べ 
ると口が痛いのはこの場所のせい」と思うらしく、食べる場所を何度も変えた 
がったりするようなのだ。なので結局つき合わずには済まされないようである。


ところで無視する気は毛頭なくとも、作業に熱中するあまり彼の存在を忘れてしまうことがワタシにだってある。はたと我に返ったとき部屋が不気味な静けさで満たされていたら大慌てで振り向かねばならない。そこには忍耐という文字を背負ったの背中がある(^^;)。
(修羅場だったのでテーブルの上の食い散らかしはスルーしてくださーい)


「ボク、ズーット静かに待ってマシタ・・・」




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*ごろ太はベロ仕舞い忘れ常習犯。最低でも日に一度は見ているせいかどうも有難味が薄れてきて
  撮影も忘れがちになっているくらいです。ははは。
  そういえばベロ出てるねと久々にカメラを向けたら見事に中途半場な顔をしてくれてナイスでした。

  そんなに緊張するならガラスの部分は飛び越せばいいのに(できるはずだっ!)と思うんだけど、
  毎回飛び越さずにわざわざ踏むところを見ると、滑るところを上手いこと上り下りできるかという
  彼なりの遊びなのかもしれませんね。ふふふ。
  思えば我々もコドモだった頃、道路はただの歩くための道ではなく、そこに幾らでも遊びの要素を
  発見できたものでした。面白いものみつけられるようにゆっくり歩こうっと!



  昨日の記事のコメントへの個別のお返事、ありまーす。

| 放蕩猫と知恵比べ | 21:00 | comments:18 | trackbacks:0 | TOP↑

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猫に敷居は跨がせぬ


がんばる紫陽花追い越して


お土産持って帰り道


坊ちゃん、ただいま


「ソレ、ボクの?!」


「おかえりナサイ」


「ふおーっ!路地モノ!」


「イタダキマス!」


「お日さまの味がシマス」




網戸の向こうで目を輝かせが見詰める路地の
缶詰生活ようやく終えて久方振りの買出しへ。北の坂道上がる手前でまだまだ頑張る紫陽花見詰めて風を感じてひと休み。家じゃ坊ちゃん待っている、両手に大きな袋下げ途中でなぞ摘み取って、片手にふたつ袋下げ汗をかきかき帰り道。
お土産見つけて網戸越しおかえりなさいと迎える齧りたい一心で網戸開いても気にもせず、やはりサラダは路地物とを喰み喰み嘆息す。




迷子のが増えるこの季節・・・。何故にこの暑いのにが外に出たがるのかと考えてみたら、そうではなくてきっと夏は窓を開け放つ機会が増えるからなのだろうと思い当たった。
押入れの襖や家の中の引き戸、果てはノブのついたドアまで器用に開けてしまうは多い。ましてや網戸なぞ、ツメをひっかければ簡単に開けられるのであろう。
自立精神に満ち満ちた先代はよく自分で網戸や窓を開けて勝手に散歩に出かけてしまったものだ。

ごろ太は幸い網戸や窓を開けたことがないが、屋内の引き戸は開けることができる。できるのだけれど滅多にしないのは、開けようとするとワタシがすっ飛んでいって開けて差し上げるからということも影響しているように思える。
猫というのは習慣を重んじる生き物だからして、閉まっているものは自分で開けるという習慣がつかぬよう都度ドアマンを務めて来た乳母なのだ。
そんなことをすれば甘えん坊で依存心の強い彼のそういう部分がますます増長してしまうのは百も承知だが、自分で開けるという習慣さえつかなければヨシ、という信念のもとドアマンに徹して来た。あ、もちろん屋外に通じるドアや窓や網戸は頼まれても開けません!

しかし、引き戸が開けられるならやはり網戸だって開けられるにちがいない!
なので在宅中は常に窓の開いている我が家では必ず網戸ロックをかけている。
留守にする折には玄関に出入りできぬよう、手前の部屋の引き戸を閉めて出かけるのだが、一度帰宅時に玄関先で立ち話していたら声を聞きつけたごろ太が引き戸を開けて玄関口で待っていたことがあってそのときは肝を冷やした(^^;)。

そしてもうひとつ、工夫して来たことがある。
ごろ太はご存知のように散歩猫であるが、散歩に出るときには彼に絶対に敷居を跨がせないというのがソレ。玄関だろうが庭に出る窓だろうが実家のベランダに通ずる窓だろうが、外に出るときは必ず抱っこして出る。
これも、彼に自分で敷居を跨いで外に出るという習慣をつけさせないがための、一種のまやかし(笑)。自分で敷居を跨ぐ習慣がついたら、開いていれば出て行って良いということになってしまうと思ったから。
裏返して言えばたとえ窓やドアが開いていても抱っこしていなければ出ないという習慣をつけたかったからなのである。

気休めかなぁと思いながら続けて来たこれらのまやかしが、案外と功を奏しているなとハッキリ気づき始めたのは去年の秋頃から。そして家に入る時には自分で跨いでヨシとしているのに開いた窓から入るときも座って待つことがあるという報告をしたのが今年の1月。
その後も注意深く様子を見て、何度かリードを持った状態で玄関や窓を開けて試してみたが彼は座ってこちらを見上げ待っていてくれる。

何度も確認して、満を持してこの夏、最後の実験をしてみた。
まずはすぐ近所に買い物に出る折に、玄関に鍵をかけ網戸のまま庭から出て庭から帰宅してみた。留守番させるときには大抵帰り道でを摘んで帰るのだが、お土産のがあってもなくてもごろ太は網戸のすぐ向こうに出迎えに来る。
万が一を考えて両手に持った袋を一旦地面に下ろし、両手を空けてから網戸開放。・・・ごろ太は出て来ようともせず手に持った草にクギヅケ(笑)。
一応実験は成功であるが草につられただけのことかもしれないので、再度実験。
今度はワタシが庭に出て草むしりなどし、網戸の向こう側にごろ太が来たところで網戸を開放するというもの。以下がそのときの様子である。



「乳母は外で何してるんダロ?」


坊ちゃん出てみる?(出たらおおごと!)


「ウーン・・・ボクは今べつに」


「それよりアッチが気になりマス」

実験大成功!ごろ太は庭に出ようとはちらとも思わなかったようである。
本当はごろ太が散歩に出かける気満々のときにもガマンできるのか試さねばならないのだが、以前彼を不注意から迷子にしてしまって大変懲りたワタシ。二度と迷子にしないと固く誓った身としては、実はこれでも冷や汗もののいっぱいいっぱい。しかし意図的な習慣づけが多少なりとも猫の行動に影響を与えられると実感できた。
外に出る習慣のある猫の脱走防止策の補助的ヒントにでもなればと思い、今回記事にしてみたという次第。(猫の性格により効果のほどには差があるかも)
迷子防止の一般的な対策じゃなくてゴメンナサイ。でも、意図的な習慣づけという意味合いではいろんなケースで使い途がありそうですよ~。

しかし、習慣づけに効果があったとしても過信は禁物。ドアや窓が開け放たれた状態のときにたまたま家の中で何か大きなものが落ちた音がしたら、あるいは外に魅力的な獲物(鳥や蝶など)が見えたら・・・逃げるつもりはなくても猫がどうするかはわからないのである。
ワタシ自身も、もう二度とこの実験はしないつもり。
試してみる方がいらっしゃっても、くれぐれも実験はしないでくださいね(^^;)。





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*あんなに長時間調査したのに派手なオチを提供してくれなかった隊長にちょっとガッカリ(^^;)。
  でもまぁ、見事なヘッピリ腰に免じて許してください(笑)。笑うときは隊長に気づかれぬように。

  鳥の羽根に飽きてしまった猫って案外いるんですね。よかったー(何が ^^;?)。
  いや、飽きてしまうのは羽根に限ったことではないか。
  お猫様に楽しく遊んでいただくために、ニンゲンどもは日夜創意工夫を重ねているんだもんね。


  昨日のコメントへの個別のお返事、ありまーす。
  コメントのお返しやメールのお返事などもぼちぼちと始めていますが、まだの方ゴメンナサイ。

| 放蕩猫と知恵比べ | 21:00 | comments:16 | trackbacks:0 | TOP↑

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拗ね猫最後通告

拗ね黄色信号、其の参 ・・・・・戦慄の最後通告

「つまりボクが言いたいのは・・・」


「それはボクかもしれないケド」


「ホントのボクはコッチデス」


「チットモわかってナイ」


「写真撮ってる場合じゃナイデス」


「最後の通告デスよ」



以前よく似たアングルの写真で記事を書いたことがある。そのときも坊ちゃんはテレビの上からモニターを覗き込んで、ついでに猫芝居もうっていた(笑)。
しかしそのときの芝居は構って欲しいときの常套手段の『 ナニカいるゴッコ 』だった。
何か居るフリをするとワタシが一緒に探すフリをして騒ぐのが楽しいらしく、庭や散歩コースのあちこちでもよくやる彼の遊びである。
退屈で注意を惹きたいか、あるいは退屈で獲物をみつけたいあまりマボロシが見えてしまうのかは定かではないが、とにかく、今回とは異なるハッピーな笑える話であった。

しかし今回のコレはテレビ上からの最後通告であるとワタシは見た。
そもそもごろ太が普段この位置で立ち止まることはほとんどないし、パソコンやその周辺機器にも全く興味を示さない。そしてこういう邪魔のしかたを日頃彼はしないのである。
テレビのもう一段上のベッドで退屈のあまり寝続け、目覚めてもまだパソコンに向っている乳母を横目にベロンベロンに毛づくろいした後の、この表情。
もはや、虫が居るフリをしておどけてみせる快活さなどないドンヨリ顔である。
だいたい、その毛づくろいでビショビショのヨレヨレになった姿に既に怨念が見て取れる。
それ以上何をするでもなく声をかけてもドンヨリ顔のまま時折モニターを見詰めるその様子、いい加減にしないと、そろそろボクもホンキで拗ねますよということに違いない。

坊ちゃんからこのオソロシイ最後通告を受けたのは先週のこと。ちょうど爪切りの記事を書いているときであった。
その更に1週間ほど前からちょっとマズイぞという空気があっただけに、悶絶乳母は震え上がって翌日から文章簡略キャンペーンを展開したという次第である(笑)。
以来、坊ちゃんの顔色を窺いつつ、長文記事を書いてみたりまた簡略化してみたりしているのだが、対岸から見たらとても楽しいに違いないこの状況、もう少し続きそうデス。
(こちら岸で渦中にあれど、それはそれで面白いので大いに面白がってください)



「ナデたって誤魔化されマセン!」



関連記事> 拗ね猫黄色信号
陳ねこび猫芝居




【お詫び】
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*魔性の女帝プリンですが、注目されないと詰まらないというところや、ごろ太のことは鬱陶しいけれど
  遠くに行ってしまわないあたり、なんともコドモっぽくて可愛いですよね。
  謁見するのに抱っこされているようじゃ馬鹿にされても仕方ない坊ちゃん・・・。
  それをするから余計に馬鹿にされるのかもと思いながらもついつい抱き上げてしまう過保護な乳母。
  プリンから見たら、ホントに阿呆らしいだろうなと考えると笑いがこみ上げてきます。うひひ。

  ところで、梅雨の文章簡略キャンペーン!本家のワタシができていないというのに
  世界展開しないよーに! わはははは。
  (って、コメント残せなくってゴメンナサーイ)


  昨日の記事のコメントへの個別のお返事ありまーす。

| 放蕩猫と知恵比べ | 21:00 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

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陳ねこび猫芝居

● 拗ね黄色信号、其の参 ・・・・・陳ねこび芝居

「どうせボクなんて」


「お邪魔虫だモン」


「隠れてるからいいモン」


ありゃりゃ、坊ちゃん?


そんなこと言わないで遊ぼうよ


「ボク隠れてるんだモン!」


「むむ!緑のじゃらし!」


「フンッ!!」


坊ちゃんは用事が終わるのを黙って待つと言ったが、遊びたい気分になった彼の待ちかたもどうにも解かり難く、面倒臭く、なかなかにして面白い。

こちらの注意を惹きたいのだからよく見える場所でアピールすればいいのにと思うのだが、パソコンに向っていると大抵背後の見えぬ位置で静かに静かに待っている。
腰パンのときは呼びに来るクセして、遊びたいときにはとにかく黙って待っている。
そこで待っているうちに用事が終わって振り向けばいいのだが、ともすると作業に集中して彼の存在を忘れてしまうことがある。そうなると、痒くもないのに首を掻いたり頭を小刻みに振ったりして首輪の鈴を鳴らす。
これはワタシが物音によく反応することを日頃観察している成果なのだろう(笑)。

ところが鈴の鳴るタイミングが作業の佳境だったりすると、とりあえず振り向いて声をかけるが今暫くお待ちいただくことになる。そうなると坊ちゃんは俄然面白くない。
面白くないならどうするのかといえば、テーブルの下などに入り込んでますます見えなくなってしまうのである。
あるいは隠れんぼのつもりで探しに来るのを待っているのかもしれないが、見えなくなるといよいよ忘れてしまうことがあり、ハッと気づいて慌ててテーブルの下を覗き込んで声をかけてもソッポを向く陳ねこび芝居が始まってしまっている。

しかしここで諦めてはいけない(笑)。作業のほうをを諦めてじゃらし片手にご機嫌取れば、いじけたフリした彼の化けの皮はすぐにはがれて事無きを得ることができるのだから。
ただ、こちらからすると非常に解かりづらい上に忘れてしまいがちなので、別の手段を取っていただけないかとこの方法を無視してみたことがあるのだが、彼は頑としてやりかたを変えず、事態の悪化に耐え切れずに結局こちらが折れることになった(^^;)。

それにしても、家事や読書やピアノの練習などをしているときならばそれなりにフツーに待ってフツーに「まだ?」と主張してくれるのに、パソコンにはどんな恨みつらみがあるのかやはり不可思議でならない。



関連記事> 拗ね猫黄色信号




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諸々の事情により、しばらくコメントへのお返事をお休みさせてください。
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*腰パンが30分に及ぶと長いナァと思ってはいましたが、一般的には15分でも長いんですね(^^;)!
  そういうことにいちいちつき合ってるから1日24時間で足りななくなるんですね。ふはは。

  大変過保護な乳母ではありますが、ワタシそうべったりするほうではないんです。
  だからごろ太には最初戸惑いました(笑)。手がかかる猫もいるんですねぇ・・・。

  大人しく物分りの良い子という印象ばかり記事にしてきてしまったけれど、彼は実はなにかと問題児!
  今後はごろ太の、そんなダーティー(?)な面もちまちまご紹介する所存です。ひひひ・・・。


  昨日の記事のコメントへの個別のお返事ありまーす!

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